社会の中

 

オフの2日間、

地元の図書館にこもり、

教育の本を読み漁っていた。

 

すると、

今の教育の問題の原点はやはり、

社会的な問題にあるのではないか?

という仮説に至った。

 

教師が実務を継続させるために、

省エネ授業をするという現状。

 

つまり、

楽で教えやすい教科書が売れ、

新しいことはなく、

自分が習ったものを教えるだけ。

 

ここにイノベーションの概念は生まれない。

 

 

ではイノベーションがなぜ大事か?

 

 

自分もかつて、

数週間前まで、

なぜイノベーションという言葉が流行っているのか、

全くわからなかった。

 

むしろそんなイノベーションをするよりも、

時間をかけてでも、

本当に良いものだけを生み出すことに力を使うべきだ!

そう思っていた。

 

でも、

人がそれぞれ違う環境や、

違う生き方をする理由から考えると、

必要なものだと分かった。

 

社会的優劣があって、

そこに問題が生まれるから、

人は解決しようと研究してきた。

 

これは幸せかどうかの話ではない。

 

やりたいことができるかどうかの話だ。

 

それぞれ違う性格の人々が、

それぞれのやりたいことをやっていたら、

一気に発明やら発想が生まれるどろう。

 

人間は生まれながらにしてイノベーターであると思う。

 

それは赤ちゃんとしてこの世に生まれ、

舐めたり噛んだり触ったり見たり聴いたりして、

この世界のことを知ろうとする。

 

これは人間の本能であり、

知的欲求は大人になっても消えることはない。

 

自殺者はそれが消えてしまっているのだと思う。

 

だからどんどん新しいものを生み出して、

この世界を知ろうとする意欲やモチベーションを促し、

人生のメモリーを増やして行く。

 

一方では新しい経験ができるものを研究する。

 

一方ではその研究者たちが効率的に研究できるように、

便利や楽を基準にサポートを研究する。

 

だからイノベーションは必要。

 

 

それなのにそのイノベーターたちが育たない教育が、

この国に蔓延するウィルス。

 

 

日本の教育は特に、

何が正しい答えかを最も重視する。

 

競争社会の悪いところだ。

 

結局「正解」「間違い」は、

時代とともに変化してしまう。

 

いい国作ろうで有名な鎌倉幕府も、

1192年ではないとわかり、

教科書から年号が消されることに。

 

ゆとり教育時代に計算が楽になるように、

円周率は3で良いとしたことは、

円ではなく正六角形であることを指摘され、

3.14に戻された。

 

研究が進み、

冥王星は惑星ではないとわかり、

水金地火木土天海冥」から冥王星は消えた。

 

言語に関しては、

時代が進むと新語と同時に死語が生まれ、

「正解」は変化していく。

 

 

だから、

何が正しい答えかを基準にする教育では、

人々は混乱してしまう。

 

誰が正しいのか、

何が正しいのか、

誰を信用したらいいのか、

わからなくなってしまう。

 

それが「今」なのだ。

 

日本社会から信用が消えたのは、

教科書を正しいとしてきた国民の頂点にたつ官僚たちが、

ニュースでたびたび悪行を報じられ、

不景気という現状がそれを現実的に国民を苦しめている。

 

 

高等教育を受けてきた人たちが間違いをするなら、

一体何が正しいんだ?と。

 

政治経済と教育は必ずしも比例するわけではないが、

大きな繋がりがあることは確かだ。

 

実際にフィンランドは、

教育を変えて経済も信頼も良くなった。

 

 

だから教育は変えなければいけない。

 

まず、Sense of Whyを高校生たちに伝えたい。

 

そして大学に行くことを決める前に、

もう一度考え直して欲しい。

 

夏コンとフィンランドが終わったら

始めていく。